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名画のルーツとなった神聖なる丘


イギリスやアメリカの人々の中には、マクドナルドやマッカーサーなど、苗字の頭にMcの付く人がたくさんいます。これが、ケルト圏のスコットランドやアイルランドにルーツのある苗字という事はよく知られていますね。その他にも、アイルランド特有の苗字として、オサリバン、オコナーなど、O'の付く苗字があります。名画「風とともに去りぬ」の主人公、スカーレット・オハラの家族も、ルーツはアイルランド。彼女の生まれ育った土地、「タラ」の名も、アイルランドに古くからあるケルトの聖地の名をもらったものです。アイルランド移民のオハラ一家ならではのネーミングなのです。ここでは、東部地方の名所のひとつ、オリジナルのタラの丘について簡単にご紹介しましょう。

【タラの丘】手付かずの自然のふところに
ダブリンから北へ、田園地帯の風景を楽しみながらしばらくドライブすると、ニューグレンジをはじめとする数多くの塚のあるボイン川沿いの地域へさしかかりますが、ニューグレンジを見学したなら、今度はケルト人達の聖地とされた、「タラの丘」という重要スポットも訪れないわけにはいかないでしょう。

古代ケルト人たちの世界では、小さな部族を率いる王達が、それぞれの立場を尊重し合いながら共存していました。大きな国家を作ろうという考えは無く、一種の共和制のような政治をしていたといわれています。王たちは定期的に集まっては交流し、ハイ・キングというリーダーを選出しては部族間の統一を図りました。ケルトの言葉で集まりを示すタラは、文字通り王たちが集まってハイ・キングの戴冠式を行っていた聖地で、アイルランド王を選出するだけでなく、政治、文化の中心としても栄えていた場所でした。

今はただ見渡す限りの草原で、小高い丘の上に小さな石塚や土塁が点々と残っているだけにすぎないタラの丘。これといって見るものは殆ど何も無いので、退屈に思う人もいるかもしれません。でも、澄み切ったアイルランドの風に吹かれながらいにしえの時代に思いを馳せたり、名画の一族のルーツについて心を飛ばしたり、そんなひと時も決してわるくありませんよ。

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