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ボイン川流域にまつわる歴史のおさらい


【数々の悲劇の舞台となった恵みの川】恵みの川、そして悲劇の川
ダブリン北部のミース州とラウス州を流れるボイン川は、ニューグレンジの古代からこの地で人々の文化を育んできた恵みの川ですが、同時に激しい戦いの舞台でもあり、またアイルランドの人々にとっては最大の悲劇を記念する場所でもあります。

ピューリタン革命を起こしてイギリスに共和制を導いたクロムウェルは、イギリスでは歴史上の偉人の1人ですが、アイルランドでは正反対の鬼悪魔に匹敵する存在かもしれません。イギリスのアイルランド統治を確固たるものにするため、クロムウェルはアイルランド各地で情け容赦のない殺戮を行いました。改宗を迫る侵攻はアイルランドの人々を宗派で2つに引き裂き、テロで有名なIRAなどの組織が産まれる歴史背景ができあがったのです。ボイン川流域の港町ドロヘダでは、住民の殆どが虐殺と追放によって駆逐されてしまいました。川の水が真っ赤に染まったと言われるこの悲劇は、アイルランドの人たちの間に語り継がれ、イギリスからの独立はアイルランド人の悲願となっていきました。

1690年、フランスのてこいれを受けたカトリック派のジェームズ2世率いるジャコバイト軍と、イギリス・オランダ連合軍のウィリアム3世とが、イングランドの王位をめぐって争ったのが、有名なボイン川の戦いです。このボイン川の戦いと、それに続くオーグリムの戦いでウィリアム王が勝利したことで、イギリスによるアイルランド支配の体制は確固たるものになりました。これらの戦いのあった7月初頭の日々は、今なおイギリスの領地でプロテスタントの多い北アイルランドでは祝日とされ、毎年お祭りのパレードが華々しく執り行われるため、北に住むアイルランド系住民達はそれを嫌がって、祭りの間バカンスを取り、共和国側に遊びに出かけたりします。歴史の残した棘を目の当たりにすると、一観光客として日本の平穏をしみじみ感じるばかりです。

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