アラン・セーターに込められた秘密
アイルランド西部地方の秘境、アラン諸島の名を聞けば、アラン・セーターを思い出す人も多いでしょう。極太の白い毛糸を使って複雑に編みこまれた縄模様、ふかふかと厚みのあるフィッシャーマンズ・セーターの代表格ですね。スコットランドやアイルランドの漁村で、大西洋の荒海に乗り出す猟師達が、強風と寒さ、波しぶきから身を護るために着用した仕事着をルーツに持ち、どっしりと分厚く暖かなフィッシャーマンズ・セーター。ハニーコム(蜂の巣)などの模様が印象的なアラン・セーターも、厳しい生活の中から生まれた数々の伝説と共に、世界中に広まっていった伝統の編み物ですが、その歴史には幾重にも複雑な事情が絡んでいるようです。
アラン・セーターが紹介される時、よく用いられる説明の1つは、ケルトの組み紐模様がルーツになっているというもの。さらにこの模様には一つ一つ名前と意味があり、その組み合わせは各家によって決まっている・・ちょうどスコットランドのタータンチェックのように・・猟師達は小さなボートで荒海に漕ぎ出すが、危険な海の仕事ゆえ、ときには帰らぬ者もある。後になり変わり果てたその姿が浜に打ち上げられたとき、着用しているセーターの柄を見て、遺族はそのなきがらを確認したのだ・・と、そんな話が一般的ではないでしょうか。

感動的な物語ですが、この伝説は20世紀の始めごろに人為的に作られたものらしいという事がわかっています。アランから出稼ぎのためアメリカへ渡ったある女性が、そこで学んだ立体的な交差模様の編み方の技術を故郷へ持ち帰り、当時一般的だった編み方に組み込んで新たに開発したのが、本当のアラン・セーターの起源らしいのです。その頃のアラン・セーターは白色ではなく、汚れても気にならない暗色の色合いをしていたということです。現在でも漁民達は白いセーターは着ませんし、お土産のアランセーターの中にも紺色や濃いワインレッドなど、深い色合いをしたものもあり、白一色ではありません。
意味深げな伝説とは少し違った事実に、興醒めを覚える方もいるでしょう。この話、筆者はアイルランドで購入した小冊子で知りましたが、この本も伝えているように、たとえ伝説が事実でなかったとしても、アランセーターの存在価値が落ちることは無いでしょう。アメリカ移民などの歴史的背景が故郷への思いと絡み合い、1世紀近くの年月をかけて美しく暖かな民衆の芸術品を産み出したこと、それ自体がすでに伝説なのではないでしょうか。